プラーナーヤーマ(調気法)について
もともと、プラーナとは、生命の素となるエネルギーを意味しました。この生命のエネルギーであるプラーナが身体の中と外を行き来するとき、その動きが呼吸によってなされることから、プラーナーヤーマは呼吸法、呼吸の調整とも考えられるようになりました。
そのため、ヨーガのより上位の段階である瞑想に向かうためには、プラーナーヤーマによって、乱れた呼吸・荒い呼吸を整え、静かで均一なものにするということ、すなわち、身体のエネルギーが乱れずに整っていることが必要となります。つまり、プラーナーヤーマによって呼吸を整えると同時に、エネルギー的な意味でのプラーナの流れもまた、穏やかで落ち着いたものにする必要があるのです。
例として、ナーディ・ショーダナ
では、そのために、具体的にはどのような技法を用いるのでしょうか。
ここでは、ナーディ・ショーダナ(交互の片鼻呼吸)を例として見ていきましょう。
(1)右手でナシカムドラーと呼ばれる印(親指・薬指・小指は立てて、人差し指と中指を軽く握る)を結ぶ
(2)親指で鼻の右側をおさえる
(3)左鼻で吸う
(4)親指と薬指(と小指)で鼻をつまみ、息を少し留める
(5)親指を離す
(6)右鼻で息を吐く
(7)少し息を留める
(8)右鼻で息を吸う
(9)(4)と同じ
(10)薬指(と小指)を離す
(11)左鼻で息を吐く
(12)少し息を留める
(13)(2)に戻る
これで片鼻呼吸が左右それぞれ、一往復したかたちになります。
初めて見る人は、なんだか難しそうな方法だなと思うかもしれません。息を吸ったり吐いたり、片鼻だけで何度も行う方法もありますが、ナーディ・ショーダナは行ったり来たり、途中で留めたり……。手のかたちも慣れないうちは難しいですね。親指と人差指で摘んだ方が簡単かもしれません。なぜこのような複雑な方法をとるのでしょうか。
高い次元でのプラーナーヤーマ
ひとつには、すでにみたようにプラーナとは、呼吸とともにエネルギーを意味しますので、呼吸によってそのようなエネルギーにも働きかける必要があるからです。具体的には後ほど説明しますが、身体のなかの神経経路(ナーディ)を活性化させて、そこにエネルギーであるプラナーナを流す必要があります。そのために、ただ呼吸をするというだけではなくて、次に見るような様々な技法が必要とされるのです。
もうひとつ、解剖学的にいえば、呼吸は私たちの意識と無意識をつなぐ役目をします。もう少し簡単に言うと、呼吸は無意識にもずっとしているものだし、意識して早くしたり、ゆっくりしたり、浅くしたり、深くしたりできますよね。そのように考えると、呼吸は意識と無意識をつなぐものということが実感できると思います。
そのような機能を持つがゆえに、私たちは呼吸をとおして意識的に無意識の層へと降りていくことができるのです。このことが、ヨーガのより上位の段階、感覚の制御や瞑想のために極めて重要なのです。そうした点から、無意識へとアクセスする技法としてのプラーナーヤーマには、さまざまな要素が必要とされるのです。
時間、空間、数の要素
改めて、ナーディ・ショーダナを事例として、その技法についてさらに解説していきましょう。『ヨーガ・スートラ』によれば、プラーナーヤーマでは、「息を吐く」、「息を吸う」、「息を留める」という3つの呼吸を、時間、空間、数という三つの測定方法によって正しく行う必要があります。そのため、ナーディ・ショーダナにおいても、時間、空間、数を意識して行う必要があるのです。
「時間」とは、吐く、吸う、留めるのそれぞれの長さと考えるとわかりやすいでしょう。目的によって長さも異なってきますが、初めは吸う息と吐く息を1:2の割合にするとわかりやすいと思います。実際にカウントしながらやる良いですね。「1、2、3」で吸って、「1、2、3、4、5、6」で吐くようにします。その間に、「1」くらいの感じで息を留める時間を挟めば全体がまとまります。
「空間」とは、息の通り道、さらにはプラーナの流れを空間的にどのように意識するのかということになります。息を吸うと、空気は鼻の穴をとおって肺へと流れ込みますが、イメージとしては背骨に沿って尾てい骨のあたりまで降りていく感じです。吐くときはその流れを遡って、鼻腔から外に出て、身体から30cmくらい先まで流れを意識します。プラーナ(エネルギー)は、通常、身体の表面から30cmほどのところまで滲み出てしまっているので、それを身体のなかに引き戻すようにします。
「数」とは、吸う・吐く・留めるをそれぞれ何回すればよいか、ということになります。上述(1)から(13)を24往復すると良いとか、吐くが8回で、吸うと留めるが7回で1セットなど、いくつかのやり方がありますが、進展具合によって調整しながら行うと良いでしょう。いずれにしても、吐く息で終わるようにすると、全体が整います。
「微細」なものへ
ここまでは、依然として私たちの意識下で捉えることができる現象(ヨーガスートラでいうところの「粗雑なもの」)を扱っています。これがより深まっていくと、具体的な物体や現象としては捉えにくいもの(「微細なもの」)へと近づいていくことになります。ここでは、生命エネルギーとしてのプラーナが身体の中を行き来する管、ナーディと呼ばれる神経経路についてお話します。
(ちなみに、アーユルヴェーダでも「ナーディ」という語が使われますが、この時にはより具体的に、血管や気管などの医療の対象となる器官のことを指します)
ヨーガにおけるナーディは、身体のなかに数万から数十万あると言われ、そのうちの最も代表的なものが、イダー、ピンガラー、スシュムナーと呼ばれる3本のナーディ(管)です。スシュムナー菅は脊柱にそって存在し、このスシュムナー・ナーディにプラーナを流し込むことによって、チャクラが順に開いてくと言われています。しかしながら、スシュムナー菅は髪の毛よりもずっと細いため、プラーナを流し込むことも難しいものです。そのため、その両脇に位置し、スシュムナー管を取り巻いて存在するイダーとピンガラーにプラーナを流し込むことによって、スシュムナーを活性化させます。
イダー・ナーディとは、「月の経路」と訳されるものです。自分から見て脊柱の左側を基底としており、左鼻による呼吸により活性化され、右脳と密接に結びついています。イダーは、陰、静、女性性、調和や統合を意味し、左鼻による呼吸、イダーの活性化は、そうした特徴を強める働きをします。
ピンガラー・ナーディは「太陽の経路」と訳され、脊柱の右側を基底とし、右鼻による呼吸によって活性化され、左脳と結びつきます。ピンガラーは、陽、動、男性性、活発、独創性などを意味します。右鼻による呼吸はこれらの要素を強化する方向に働きます。
瞑想への準備として
以上のように考えると、ナーディ・ショーダナは、ただ左右の鼻で順番に呼吸をしましょうというだけでないことがわかります。それは、時間や空間との関わりによって深まり、さらには私たちの身体のなかにある微細な要素、ナーディとの関わりによって、私たちの存在そのものに関係してくるのです。
プラーナは、実はさらに抽象化され、私たち人間のエネルギーだけでなく、花のプラーナとか岩のプラーナとか、自分を考えるだけでなく世界を考えるうえでも重要な視点になりますが、このことについてはまた機会を改めてお話したいと思います。
いずれにしても、アーサナ(坐法)とプラーナーヤーマ(調気法)によって、瞑想の準備を整えることが重要です。多くの場合、瞑想をしている人が正しい方法で瞑想を行なっているのかどうか、その判断をすることは外見からは難しいものです。そのため、アーサナとプラーナーヤーマがしっかりできているのかどうかによって、その人が正しい瞑想を行うことができるのかを判断することになります。
では、間違った瞑想とはどのようなものでしょうか。詳しくは、8支則のヨーガのうち、最後の3つ、ダーラナー(集中)、ディヤーナ(持続)、サマディ(三昧)という瞑想につい説明するなかで解説しますが、ここでは、瞑想中に心が、「退屈(ぼーっとする)」「興奮」「散漫(あちこちに気が散る)」という3つのいずれかの特徴を伴う時、それは間違った瞑想であり、そのまま継続してしまうと問題を引き起こす可能性があるということを覚えておいてください。